アラサー女子の本音「結婚は「昇進試験」、誰かの嫁であることは役職」

こんにちは、あやにーです。

 

昨日Twitterでこんなつぶやきをしたら、想像したよりもいろんな人にRTされて読まれていました。

 

 

私は「いつかドームクラスのバンドマンと結婚したい!」と夢見ていた高校時代から、その流れを全力で今まで引きずっています。はや31歳。大丈夫ではないことは本人が一番知っています。

ついつい私の話をしてしまいましたが......

 

毎週のように仲良しのガールたちと女子会を繰り広げていると、120%そこには「結婚したい」という話が出てきます。


これ、よく「恋愛したい」「彼氏がほしい」という言葉に隠されがちですが、女性は27歳くらいから恋バナではなく「婚バナ」になっていきます。

 

結婚したい、子どもがほしい。30歳前後のリアルな本音を今日は私のうっぷんと共に皆様へお伝えします。

※この記事では、「もう女子じゃないだろ」という冷たくリアルで現実的すぎるお言葉を受け止めつつもSEO対策というエモい理由で「アラサー女子」と書かせていただきます。ご了承ください。

 

SNSを通じた「新婚幸せライフ」のプレッシャーと戦う日々。

FacebookTwitterInstagramSNSに囲まれた毎日を過ごすと、ライフステージの変化が男性よりも多いのが女性。
結婚、退職、出産、育休、産休などたくさんの変化が、この年代は起こります。

そして今はそれを発信するのが当たり前になっていて。
これがアラサー未婚女子をものすごく追い詰める!!(マジで)


たとえばInstagram女子は結婚式の写真は、ひどければ1年以上引っ張ります。

結婚が決まると#プレ花嫁
結婚式が終われば#卒花嫁
花嫁仲間と集まる#花嫁会

「おまえ結婚したの何ヶ月前だよ......」とつっこみたくなる投稿が毎日のように襲いかかってくるのです。もう流せるにも限界がある。

 

ずっとやってるぞ、ウエディング。本当に。

あり得ないでしょ、男性の世界では。1年も結婚式だハネムーンだと言い続けているやつはむしろダメだろという評価を下す人も少なくないのではないでしょうか?(いても別にいいと想うけど)


それだけでなく、真っ白なテーブルで食べる豪華なフレンチトーストや、おしゃれな食器で飲むコーヒー(向かい側にはコーヒーカップがもう一つ)
そのうち #プレママ #初マタ(はじめてのマタニティーの意味)がさらに追いかけてきます。

 

やばい、私たち焼き鳥とビールで盛り上がっている場合じゃなくね?旅行先で豪華な部屋泊まっている場合じゃないのでは?

こうしたSNSからの「結婚して幸せ新婚生活送ってまっせ」プレッシャーは日々私たちを追い詰めていきます。


そして親友だった子が「夜泣きつらい~」と投稿しているのに「大丈夫?」とでもコメントをアラサー女子がつけるもんなら「子育て大変すぎるよ~昔に戻りたい」と返信された日には

 

「ああ、もう結婚したい」となるわけです。

 


SNSのために旅行行く人もいるくらいだし。SNSのプレッシャーで結婚したいと思う人がいたって、全然おかしくない。


SNSは結婚しなきゃ、と焦らせる一つのツールなのです。

 

結婚は「昇進試験」だし、誰かの嫁であることは肩書き。
その人が「正しい生き方をしている」という人事評価。

 

結婚していないアラサー女子にとって、結婚というのはあこがれではありません。

もう結婚は一種の「昇進テスト」なんです。

 

誰かの嫁であることは肩書きだし、人として正しい生き方をしているという「人事評価」なんですよ。

 

とても残念で悲しいことですが、これが今の日本では本当に評価なんです。
独身で生きていく、となると、一生その「独身」である役職を名乗っていかなければいけない。「えーーーまだ新卒と同じ役職なの?昇格とかしないの?転職興味ないの?」みたいな。

 

もうここまできたら「男性」という上司にいかに認められて、「お、かわいいね」「話してると楽しいね」「料理もできるんだ」「いい大学卒業してるんだね」みたいなものをいかにして「人事評価」にしていくのか。

 

それが結婚になってくる、という流れなのではないか。ここに「恋愛」という要素はアラサーを進めば進むほどなくなっていく価値観だと思います。

 

早く昇格したいし、早く昇級したい。人として当たり前だと認められたい。

それが結婚です。そして誰かの嫁という肩書きを得ることだと、みんな思っています。

 

もうASAP命。恋愛とかどうでもいいから結婚したい


私も私の周りも最近は「結婚の手段は恋愛ではないのではないか」という結論に至っていて、私においては「もう次につきあう人とは、結婚をゴールにしたい。婚約してからテスト期間をおいてくれ」と思っています。

私たちASAPでお願いしたい案件が結婚になりつつあるのです。

恋愛すると少なくとも1年以上つきあってから、みたいな悠長なことを言い出してしまう。

 

「これ以上今更愛せる人に出会えるとも思わない」と友達がリプライしてくれたけど、すごくわかる。愛せるかどうかなんて、測っている時間はもうない。

 

結婚をゴールにするなら「ASAP」でお願いしたい。そんなアラサー女子が増えています。

 

 

だから婚活アプリがこれだけ流行するんです。
誰にもバレないし、「ねえ、私との結婚考えてる?」なんて聞くこともなく、アプリのプロフィール欄に「結婚したいかどうか」という欄があり、履歴書になっているんです。採用試験の一次試験ができる。

そしてお互いに結婚がゴールなのでASAPもかなう。

 

婚活アプリすごいな。成婚率もかなり高くて、マジですごい。

 

男性の皆さんに伝えたいこと

ここまで書いておいて「男はそんなプレッシャーから逃げるための道具かよ」と思われるかもしれません。そして「こんなこと考えているから結婚を逃す」と思っているかもしれません。

 

もしあなたが未婚なら、あなたも同じように年を重ねて、いつか「あの人まだ独身なんだってー!なんか問題アリ物件なのかなーwww」と言われる日が来るのをおびえてください。むしろ焦ってくれ。


「俺まだ若い子とか出会えるかも」みたいな妄想は、男女ともにしています!!!!!
私だって、20歳のかわいいボーイとお泊まり旅行とか、まだいけるんじゃないかなって最近まで信じ切っていました。

いいですか?
少しでも早く焦ったものから婚活は抜けていくんです。

 

 

 

私たちは常に、SNSでもリアルでも「結婚できないまま、年を重ねた女」であることを他人から評価され「いつ抜け出せるのか」という不安におびえている。

 

とても悲しいことですが「誰かと同じである」ことが当たり前の日本では、こうなっていくことは目に見えています。

この流れを変えるためには、まだまだ膨大な時間とたくさんの殉職が伴っていくのではないかと私は読んでいます。
そう思うと戦うしかない。この現状と。逃げているばかりでは始まらないから。

どうか少しでもお恵みをくださるのであれば「未婚女子を見下さない」もしくは「誰か積極的に紹介する」

そんな優しさをいただけたらと思います。







え?私は結婚したいのかって?

 

この続きはTwitterで。笑

twitter.com

だって女子だもん「俺の飯は?」問題から考える、男女の伝わっている『はず』のすれ違いとPDCA

こんにちは、あやにーです。
今日Twitterで回ってきた、このツイート。

この問題って何度もTwitter上でもディスカッションされて
「マジ空気読めよ、旦那」という話をさんざん観てきた気がします。

確かにいささか、旦那さんの配慮足らなくない?とかTwitterでしか言えない愚痴をこぼしているのだという意見もあり、真向から対立するような話ではないと思うのですが

 

こうした男女の「気持ちわからない」問題を受けて、思うことがあります。

 

どうして人は家族になった瞬間他人であることを忘れてしまうのか。ということ。

 

なぜパートナーは自分の体調を気遣ってくれないのか

きっとここで女性の方は「なぜ私の体調が悪いことを気遣ってくれないのか」という点で、フラストレーションになっているというのが一番だと思います。

いつもこんなに尽くしてるのに。体調悪いときまでお前の飯の心配かよ。と。

 

ではここでなぜパートナーは自分の体調を気遣ってくれないのでしょうか。

一部では「男尊女卑の考え方で台所には男が立つべきではないと育っているから」という意見もありました。そういう理由も確かに一理ある気がします。

愛情がないから?それとも毎日一緒にいるから当たり前になっているから?

どの理由も当たっている気がします。


でも私は思うんですよね。

たぶん食事の準備をしたことが本当にないのだとしたら「食事を作ることがどれだけ自分の負担になっているのか」と知らないのではないか。


そして多分食事の準備を日々している方も「食事を作るって、これだけの労力が必要なの」と伝えることをしたことがないのではないでしょうか。


人間は経験から想像します。経験がないことは想像ができないんです。

私の仕事、あなたの仕事。自身の中である程度の「決まり事」を作ってしまって、『食事の準備が大変なのはわかっているはず』『体調が悪いから作れないのもわかっているはず』そんな期待を相手にしてしまっている。

それは果たして相手が100%悪いのでしょうか。

 

そもそも『はず』がトラブルの元になる

仕事でもなんでもそうですが「出来ている『はず』」「わかっている『はず』」というのは、トラブルの元です。

だって自分じゃないもん。相手。

どんなに毎日一緒にいて、どんなに愛していても、許していても、パートナーは自分ではない。甘えもあれば、怠慢もあるでしょう。

でも、その『はず』が引き起こすトラブルは意外と多くて、なぜかみんな「言わないでおくことが美学」とか「わざわざそんなこと言わないと分からないの?」とか。


言えば、トラブル回避できるかもしれない。分かってもらえるかもしれない。

それを自らの見解で「たぶん」「おおよそ」で『はず』と理解するというのはいささか強引だと思うんです。

 

仕事だけでなく、家族、カップル、友達間でもこの『はず』が生む歪やすれ違いって少なくないと思うんですよね。そしてそれに対して「キ―――!なんでわかってくれないの!!!!!死ね!!!」となるストレスに育っていく。

気持ちはわからなくもない。でもそれって自分は回避する努力をしたのか、と私は思うんです。体調が悪いことを伝えるだけじゃなくて「ごはん作れません」「なんか買ってきて」というような、回避をしたのかどうか。

もしくは相手が「俺の飯は?」というようになる前に、どんな対策をしたのか。

家族間、パートナー間になったとたんに、みんな「回避」したり「対策」することを怠る。これは男女どちらにも言えることだと思うのです。

言わなきゃわからんぞ。自分じゃないんだから。経験ないんだから。



日本の家族はもっと「PDCA」回すべき

私はこうしたカップルや家族の問題を聞くたびに「もっとPDCAサイクル回す努力をしたほうが絶対に楽」だと提唱しています。


PDCAとは
事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つ。 Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する。

BY ウィキペディア


特に女性脳は昔村を守りながら子育てもしなくてはいけないという中で「共感」や「コミュニケーション能力」が高いので体調が悪ければ「私を気遣ってくれ」と思う生き物なのです。もうそればかりは『今私は女性脳で判断しているのだ』と思ってもらうしかないです。

でも、それをPDCAサイクルに載せて考えてみると

P(プラン):体調が悪い。家事は休もう。パートナーの御飯を作るのは無理。察してくれ

 

おいおいおい、Pで終わっちゃうよ。円滑にする方法を考えようよ、となるわけで。

私の場合は
P:体調が悪い、寝る以外のことは出来ないなあ。これはパートナーを頼ろう。
D:パートナーに連絡。「体調が悪いので何か買ってきてほしい。もしくは食べてきてもいいよ」
C:パートナーがどう出るかで評価

A(改善)は発生しないかもしれませんが、買ってきたものが「麻婆豆腐丼」とかだったら、次回は具体的に頼もう、とか

何も買ってこない、食べてもこない、家に帰って「俺の飯は?」と言って来たら
Aの改善を自分なりに考えてみる必要があります。

イライラする、許せない、なんなの。感情で済ませてしまうのは本当にもったいないと思いませんか?

せっかく付き合っているんだし、結婚しているんだし「どうしたらお互いがストレスたまることなく、うまく生活サイクルを回せるのか」考えてみる必要だって、あると思います。


とにかくPDCAサイクルをまずは回してみるといいと思う。大抵の問題はそれでうまくいくような気がします。だって何億、何兆と売りあげている会社は大きな家族みたいなもので。それがうまくいくのに、たった数名の家族でうまくいかないとかあり得なくない?


過信しすぎず、意見交換をするところから。

PDCAサイクルは回せるかどうかは、たぶん癖になるかどうかだと思います。
「家族は会社じゃなんだよ。」という方も多いと思うのですが、そういう方もPDCAまではいかなくともA(改善)のために意見交換してみませんか?


マジで不毛なストレスを避けられるのは自分だけです。

これだけは絶対です。他人はあなたのストレスを回避なんてしてくれません。甘ったれるな。

 

いいことも悪いことも全部自分の言葉で伝えられるようになることで、物事の改善や計画がうまくいき、上手に物事を進めることができるようになると思います。

家族だと思って過信してはいけない。
あなたが家族という社会を回していける、唯一の人かもしれないから。

相手が理解してくれないことを悩んだり、理解しない人を批判する前 Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返してみませんか。

だって女子だもん。

みなさんこんにちは。あやにーです。
ブログだったり、noteだったり、Twitterだったり、いつもご覧いただいてる皆様
有難うございます。


いつもは自身のブログでレビューを書いていたり、自由気ままにTwitterでつぶやいていたりという、発信をしていたのですが
「もっとせっかくなら女子分析の話を書こう。面白い話いっぱいあるし」と思い
はてなブログにまとめることにしました。

だって女子だもん

というタイトルで女子の本音を書いていきます。


あんまり自分の事って書いてこなかったので
せっかくなので最初の記事には私のことを書こうと思います。


私の名前は加藤 綾(かとう あやか)です。
綾一文字であやか、と読む絶対読めない名前の持ち主です。
私をあやかと呼ぶ人は2割くらいで、残り4割があや、残りがあやにーと呼んでくれます。

あやにーの由来はあやか+ミニー(が好き)という由来から来ているので
あやにーと書くときはayanieとこだわっています。

1985年生まれで、今年で32歳になります。
(数字で書くとショックが大きい。)

株式会社Queendomという、小さな会社を経営しています。
元々人間観察や行動を分析するのが趣味で
最近は少しずつそれを役立てるマーケティングとアドバイザーとしてシフトしつつあります。

23歳で起業し、そこからのんびり続けてきましたが、最近火がついて色々本気になりつつあります。


今本気でダイエットをしていて、残り12キロくらい痩せたいところ。2016年12月からダイエットをはじめ、3月現在8キロ減量に成功し、もう一種の趣味になりつつあるのかも。

18歳からブログをはじめて、今ではブログだけでなく、たまにライターとして記事を書いたりすることも増えました。

そんなこんな、ぜひお付き合いいただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたしますー。